浜辺の診療室から

通り抜け、駈けゆくもの     死と向き合うこころ(その8)

詩「おそろしいものが」は、最もインパクトを覚えた詩のひとつだ。
 ki8/19
おそろしいものが
背後から迫った
逃げると追いかけてきた
夢中で逃げているうちに
背後のものがおれのなかを通り抜けて
おれの前を去って行った
なんだろうそいつは
そいつはおれに追いかけられているかのように駈けて行く
あいつはなんだろう
道ばたの人におれは聞いてみた
あれはなんでしょうか
あれは死だと総入れ歯の男が荘重に言った
キザなことを言うとおれは思った
死を知らぬ者にかぎって死を云々する
しかしおれだって死は知らぬのだ
おれは宿屋に入った 古いおれの常宿だ
お帰りなさいと白髪の番頭がびっくりしたように言った
帰ってきたのが意外なような声だ
女中もおれの蒼い顔を見て不気味そうに
どこへおいででしたと言った
おれはスリッパをぴたぴた言わせて廊下を歩いた
しめった地面をあいつが歩いて行った足音を思い出す
おれの部屋は遠く
永久にたどりつけないみたいだ
いやな臭いがする廊下でおれはつぶやく
あれは生だったのではないか『詩集 病者・花』(現代社版 1977年) 
 
不治の病をかかえながら、死が見え隠れするとき、夢のなかで、
あるいは疼痛緩和の麻薬を使っているなかで、細川さんは“臨死”を体感したのではないか。
44年で生を閉じた人を老いびととは呼べないが、病のため一気に老成したような重みがあるだけに、
老いびとのこころと相通ずるものがある。 

 

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