浜辺の診療室から

死と別れとその後     死と向き合うこころ(その11)

晩年の岸本さんは学生に対しても、従来に増して厳しく指導にあたったと、
脇本さんが述懐している。
机で仕事をしながら朝食を済ませ、昼食も夕食も家で摂らなかった岸本さんは、
仕事に没頭することで、死をこの世の果てまで追いやれると信じていたかのようだ。 
 
ところが、それから7年、8年くらい過ぎたあたりから、
「人生というものに対する姿勢が、どうも自分のなかで変わってきたような気がする」
と岸本さんは語るようになる。
生きかたがスローダウンし、穏やかさや、ゆとりが生まれたようにみえたという。
以下の語りを読むと、どういった心境の変化があったのかを察することができる――。  
 
 
死というのは別れである。
別れというのは、つまり死というのは、何もかも無くなっちゃう、
と思っていたけれども、そうじゃない。
自分は死んでも、死ぬのは自分が死ぬのであって、
死んだ後に世界は残っている。
自分が生まれる前に世界はあったはずだ。
そういう意味では、自分が名残り惜しいけれども、
うしろ髪を引かれながら、みんなと別れていく。
その別れということは、この世に生きている限りは、
旅行に行ったりなんかで絶えずやっている。
その絶えずやっている旅行、それの別れを、
今度はおおいなる別れで別れるんだ。
別れた後、宇宙の生命に戻って永遠の休息に入る。(
昭和6197日 NHK教育テレビ「こころの時代」から)
 
 こうした解釈は、赤外線の側から送り届けられた生命が、
可視光線の世界を経て、紫外線の側に抜けていくという
上田三四二さんの生命論と重なる部分がある。
kasikousenn 8/27

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