浜辺の診療室から

閑話  語り継がれる“悲劇”から(介護職場の課題 その1)

医療や介護の現場で怖いのは、おごり(傲り)。
医療に不可能はない、介護なんて所詮こんなものなんだよといった姿勢。
その積み重ねから、現場はほころび始める。
さあて、高校野球の全国大会がまた始まる。
回り道になるが、高校野球の話を少ししよう。 
 
球児たちの球宴で、忘れられない光景がいくつかある。
たとえば、延長戦で211球を投げた末のボークにより、サヨナラ負けとなり、
一瞬のうちに甲子園が終わった宇部商。1998年のことだ。
投球前のセットポジションに入ろうとして、なにげにふっと降ろした腕。
暑さのせいか、ダルさのせいか、それとも配球を考えていたのか。
その行為によりボークを宣告され、
3塁にいた逆転ランナーがホームベースを踏んだところで、
ゲームセットが告げられた。
両校の選手も観客も何が起きたのかわからず、消化不良の幕切れだった。 
 
試合を終えてからのこと。
報道陣から「なんであんなところでボークを取るんだ」
「注意で終わらせることは、できなかったのか」といったヒステリックな声が、
審判に浴びせられたという。 
 
時は流れて、宇部商の投手だった藤田修平さんは、
その後明治大学で行われたイベントに駆けつける。
ベントとは、明大阿久悠記念館における
“甲子園の詩”を語る――阿久悠の紡いだあの名勝負――。
宇部商vs豊田大谷戦を題材にして、
故阿久悠さんが詠んだ「敗戦投手への手紙」が朗読された。
   
――幕切れは、熱闘のフィナーレにしてはあっけないものでした。
  君の表情が忘れられません。 1998年夏を終わらせる君の哀しい表情。
  藤田修平君、また来年あいましょう。――
会場がシーンとなったあと、サプライズのかたちで藤田さんは登場した。
「社会人として元気でやっているところを、林さんに見てもらいたくて」。 
 
宇部商のある山口県からかけつけた藤田さんの姿と言葉に涙し、
「感無量……」と漏らしただけで、あとはことばにならなかったのが、
ボークとゲームセットを宣告した審判・林清一さんだった。 

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