シーサイド湯河原施設長ブログ

娘の病気

私の娘は先天性の病気があり、重度の障害者です。

 

生まれた時は1700gくらいしかなくて、

 

NICUで24時間いろんな管がついた状態で

 

触ることも許可が必要でした。

 

生まれて数日で、医師から

 

「重い病気が疑われ、検体を大学に送り調べる」

 

と言われました。

 

何日か経ち医師二人と面談する席が設けられ、説明を受けましたが、

 

気が動転していてほとんど覚えていません。

 

ただ、一人の医師が言った

 

「いつまで生きられるかはわかりません」

 

という言葉だけが頭を殴られたような、視界を奪われたような、

 

そんな衝撃を私に与えました。

 

泣いて、泣いて、なんで私の子がと悲観する日を過ごしました。

 

毎日病院へ通い、少し疲れた様子の妻と管がたくさんついている娘に会いに行く日々。

 

親はこんなに悲しんでいるのに、娘は毎日ミルクを飲み、

 

時々不機嫌そうに泣き、お風呂では気持ち良いのか変な顔をしていました(笑)

 

悲しんでいたのは私たち親だけだったんですね。

 

一生懸命生きている、生きたがっている娘を見ると元気がでました。

 

今娘は7歳。何も喋れませんし、歩いたりもできません。

 

でも、近所の方々は「最近は救急車来ないけど元気してる?」と気にしてくれます。

 

付き合いがある会社の営業の方も娘に気さくに話しかけてくれます(娘は首をかしげるだけですが(笑))

 

訪問教育に来てくれる先生はたくさんの障害者福祉のことを教えてくれます。

 

先日は理学療法士の方が体に合った椅子を作る為に家に来てくれました。

 

役場の方も「こんなサービスが受けられるよ」と手続きまで丁寧に教えてくれます。

 

娘が生まれてから、たくさんの人が娘を支えてくれていると感じています。

 

日本という国を悲観するようなニュースが多く、

 

訳もなく不幸感を感じることが多い世の中に、

 

私は日本のこの地域に生まれた事、家族が生きている事に

 

言い表しようのない、強い幸せを感じています。

 

「福祉」とは「幸せ」を意味した言葉。

 

福祉業界で働いていることを本当に誇りに思います。

 

娘が大きくなった時、安心して私が旅立てる世界になっていることが、私の人生の目標です。

 

 

この写真は娘が、学校の先生と書いた字です。

娘は字が書けないので、先生が娘の手を持ち書かせました。

 小学校2年生の年齢なのに体重が10㎏くらいしかない娘に太ってほしかったのと、

 自分自身、もっと芯が太い人間になれるように書いてもらいました。

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